こんにちは!ウインの勝山です。
ヤフーニュースより引用致しました。
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妻42歳・夫51歳で第一子が誕生したSTORYモデル夫婦のリアルとミライ|STORY
不妊治療、流産の末、コロナ禍に授かった命は、腕の中で特別な重みがありました――
引用元:STORY
昨年12月、42歳と51歳という年齢で新しい命を授かった、本誌でもお馴染みのモデル麻衣子さん&章太郎さんご夫婦。2年前に結婚した時から、不妊治療をスタートし、念願叶っての出産でした。そして、そのHAPPYと共に与えられた課題は、生き方をほぼ確立した年齢での、人生の再設計。晩婚晩産夫婦のリアルとミライを、麻衣子さんが、本音で語ってくださいました。
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不妊治療、流産……。その末に授かった新しい命 結婚当初から「子供が欲しい」というのが二人の共通の願いでした。お互いの年齢を考えると、「できるだけ早くに授かりたい」そう思い、すぐに不妊治療を始めました。 そして、2020年に妊娠。ところが、授かってすぐに流産してしまって……。思い描かなかった出来事に、検診でお医者様に告げられた時は、「えっ」とまさに青天の霹靂でした。手術後、2週間ほど自宅安静が続いたのですが、その時は、思った以上に気持ちが落ち込んでしまい、「本当に子供が欲しかったんだ ……」と実感しました。 その後、しばらく間をおき、治療を再開し、1年後に再び妊娠。嬉しかった半面、「今回もダメかもしれない……」そんな負の気持ちと背中合わせにいました。だから、安定期に入るまでの時間が本当に長く感じましたね。 今回授かったのは、不妊治療の初期段階、卵管造影やホルモン治療をしながら妊娠しやすい時期に受精するという“タイミング法”。何回かトライして、そろそろ次のフェイズに入ろうか……、という時期に幸運にも妊娠することができました。
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コロナ禍、思い描いた夢と正反対の孤独な出産 出産って女性にとっては一大イベントですし、最初は「キレイな個人病院で優雅に産みたい」と、どこの病院にするか先輩ママに相談して、ウキウキしていました。ところが、高齢出産に加え、持病だった子宮筋腫のリスクヘッジもあり、最終的に施設の整った専門病院で出産することに。 たまたま私の誕生日と娘の出産予定日が近かったこともあり、私の誕生日に無痛分娩をすることにしました。しかし、誘発剤が上手く効かず翌日の朝、赤ちゃんの心拍が弱ってしまい、急遽帝王切開をすることに。私自身、理解ができないままにバタバタと出産となりました。 コロナ禍で、夫の面会は入院から退院までの間に、一回きりでそれも一時間のみ。あまりキレイな病院じゃなかったし、傷は痛い。孤独で、産後でホルモンのバランスも崩れていたので、精神的にも体力的にもボロボロ。人生で一番辛い一週間の中、人生で一番の幸せを腕の中に授かりました。
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子供のために――。 50歳でした夫の大きな決断 無事に生まれた娘を抱いた瞬間、今までに味わったことのない熱い感情が押し寄せ、涙が溢れました。その時の娘の温もりを、今もしっかり覚えています。生まれた直後なのに母乳をあげようとすると、小さな体で必死に吸おうとしてくる。その姿を見た時、世の中にこんなにも愛しい存在があるんだって、胸がいっぱいになりました。産後しばらくして、一時間だけ面会の時間を得た夫も、娘を抱いた瞬間「この子を全力で守っていかなければ」と強い気持ちが湧いたそうです。 夫は、モデル歴30年。そんな夫が、「自身が親となり、子供と共に歩む人生にしたい」そう決めた時、モデルの仕事に加え、知人の紹介で会社員としても働くことを決意しました。まさに、50歳の新入社員です。当時は“港区おじさん”がブームで、「方向転換をするならいい時に」という思いで彼も一歩を踏み出 しました。
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新しい家族を得た、新しい生活のスタート 娘のためにも安定的収入のある仕事に就いてほしいーーー それは、私の願いでもありました。でも、毎日21時過ぎに疲れた顔で帰ってくる夫を見ると、「これで本当に良かったのだろうか……」そんなふうに思うこともあります。 夫は、どんなに疲れていても、帰宅後に娘をお風呂に入れるのが日課。仕事にも育児にも真面目なゆえに、体も心配。 若い夫婦であれば、これまでの生活にプラスαで子供が加わるのだと思いますが、我が家のような晩産夫婦の場合は、これまでのライフスタイルや、ひいては生き方までをガラリと変える必要があります。 そう、娘が20歳になる時に、私は62歳で夫は71歳。単純に一緒にいられる時間が人より格段に少ない。一人っ子なので、私たちがいなくなった時のことを考えると、自立できる精神力はもちろん金銭面など、残せるものはできるだけ残してあげたい。毎日そんなことを考えては、不安が押し寄せてくるのです。そして、苦手分野ですが、今は真剣に保険や投資を見直しているところです。
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新しい課題を得た、 私たち夫婦のミライ 最近、夫とよく娘の将来について話すのですが、全く意見が合わず、ケンカになることも(笑)。夫は、「自分が没頭できる好きなことを見つけ、自ら道を拓ける逞しい子になってほしい」と言うし、私は 「女の子だからこそ、付属の学校でのんびり育て、経験として留学もさせてみたい」。 私自身、女子校出身で、受験もなくのんびり育ったせいもあるかもしれません。 でも、そんなふうに娘のミライを想像することは、親としてとても楽しい時間ですそして、私も落ち着いたら、モデルとして仕事復帰したいと思っています。高齢2人の慣れない子育てに加えて共働きは、きっと大変(笑)。でも、夫婦で支え合い、感謝しながら頑張っていきたい。「家族のために頑張る」って、すごくシンプルだけど、すごく素敵なことだなと、今、実感しています。 MAIKO 本誌ライターが街で声をかけたことがきっかけで、39歳でSTORYモデルとしてデビュー。162cmの等身大で見せるコンサバファッションは読者からも好評が。 SHOTARO 「東京カレンダー」の“港区おじさん”が社会現象に。本誌の旦那さん役メンズモデルとしても活躍。細やかな気配りのあるやさしい人柄にスタッフから絶大な信頼が。 撮影/西崎博哉(MOUSTACHE) ヘア・メーク/MAKI 取材/石川 恵 ※情報は2022年5月号掲載時のものです。
相談所の成婚話では、45歳で成婚して、46歳で出産!!! そんな奇跡も実話で聞きましたが、可愛いでしょうね!!! 私も3人子供がいますが(笑)小さい子
見るとまた欲しくなりますよ(笑)
内藤知香さんがwinにきた!!!
モデル / インフルエンサー / タレント・著名人 / 専門家・スペシャリスト / キャンペーンモデル / ライター / クリエイター / DJ